【背徳の森】2


バサバサッと音がし、遊戯はビクリと身を強張らせた。

歩いているうちに何度も聞いたので、それが単なる鳥の羽音だと分かってはいるのだが、この森の奇妙な雰囲気に毒されて、つい構えてしまう。

「まだ怖ぇのかよ」

からかうように、クスクスとバクラが笑った。

「違う!」

気を張って怒鳴ってみるものの、彼の足取りは覚束ないままだ。

バクラは迷いなくどんどん進んでいくけれど、天高くまで生い茂った木々は月光すら遮り、遊戯は自分の影すら殆ど見えなかった。

奥に行けば行くほど光が消えていくー…そんな風に思え、否が応にも不安になってしまう。

(帰りたい…)

こころなしか警告音も大きくなっている気がする。

しかし、それを口に出せるほど彼は素直でなかったし、プライドも高かった。

「まあ安心しなよ。もうすぐだ」

「だからオレは…っ」

べつに怖がってなどいない、と続けようとして、遊戯は言葉を止めた。

森のさらに奥、光のないはずのそこに灯りが見える。

真っ暗な中、そこだけが不自然に浮き上がっており異質だ。

「え?」

「見えるだろ。あそこだよ」

茫然とする遊戯に構わず、バクラはぐいぐいその手を引く。

近付いてくるにつれ、灯りの正体は山小屋のものだと分かった。

周りが暗すぎるからやけに明るく感じたが、実際はそうでもない。せいぜい蝋燭の火程度の明るさだろう。

「…これ、私有物じゃないのか?」

中へ踏み込もうとするバクラを遊戯が軽く引いた。

「平気さ。今は、誰も使ってない」

「………」

今は、ということは普段は誰かが使っている可能性がある。

こんなところに連れてきたバクラの真意は分からないが、少しだけ見た薄灯りに照らされた中身は、質素な簡易部屋といった感じで、少なくとも楽しげな様子ではない。

 

ここにいてはいけない。引き返せ。すぐに逃げろ

 

―――耳鳴りのように響く警告に応じるように、彼は口を開いた。

「ずいぶんつまらないところだな。期待外れだから帰るぜ」

言い終えると同時に踵を返し、バクラの手を振り払う。

バクラは引き止めなかった。

ただ一言、囁いた。

 

「帰れると思うか?」

 

遊戯ははっと息を呑んだ。

見据える先は漆黒の闇。

どのようにしてここまで来たのか、バクラに誘われるまま歩いていた遊戯にはまるで分からなかった。

「ぁ…」

か細い声が漏れる。

落胆に沈む肩にバクラは柔らかく手を掛けた。

 

「きっと楽しいぜ、王サマ」

 

警告が聞こえる。

非常音が全身に鳴り響く。

ああ、それなのに、身体は鉛のように動かない。

 

流れるような動作で、バクラは遊戯の腕を引いた。

華奢な身体は拒んだ入り口を容易く踏み越え、そのまま床に倒れこむ。

バタン、と扉が閉まった。



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